Watering

CLASKA ONLINE SHOP 速水真理のブログ

「アップデートする暮らし」第14回:喜ばれる客になる

f:id:claskaonlineshop:20190125102725j:plain

20代のころから、かれこれもう15年近くお世話になっている、同い年の美容師さん(中目黒「ELLA」の五十嵐拓也さん)。

絶大な信頼を寄せてきた、大好きな方です。カット技術はもちろんのこと、なにより、メールやトークがピカイチ。

その五十嵐さんにいつも遊んでいただいていることが、今回のテーマです。

カットが始まったら、「頼りにしてますよ~!」「早くもいい感じ~!」「技、持ってますね~!」など、ちょこまか応援して盛り上げつつ。

自分の話をするよりなんとか五十嵐さんの最旬面白トークを聞き出したいため、なにか質問されても負けじと振り返したり、近況についてあれこれインタビューしては、ウケたり、労ったり、ツッコんだり。

全力のリアクションで、会話を楽しませてもらってます。

そうしてずーっとキャッキャ笑っていたら、毎度あっという間にカット完了。

仕上がりは、五十嵐さんが笑顔でベストを尽くしてくださった結果がわたしにとってもベストなので、いつだって大満足。

帰りには「はぁ〜今日も面白かった~。ありがとうございました!」と元気に見送っていただけ、次の予約メールには「楽しみにお待ちしております!」とお返事くださるのが、客として無上の喜びです。

喜ばれる客になりたい。来店を楽しみにしてもらえる客になりたい。いい気分で、最高の仕事をしてもらいたい。

この「喜ばれる客になる」遊び(お店の人の笑顔を獲得ポイントとして稼ぎ、結果的にベストパフォーマンスを享受するゲーム)は、美容師さん相手に限らず、飲食店の店員さん相手でも、どこでもできるし、楽しいのでおすすめです。

先日は、雑誌で見た白いレザーのレースアップシューズに一目惚れし即、クレジットされていたセレクトショップへ赴いたものの、広い店内のどこにもその靴が見つからず。意気消沈して帰ろうとした最後、念のため店員さんに尋ねたところ、なんと、バックヤードを探したらあった(入荷したばかりで手つかずだった)、という。店員さんナイス発見。

「あって、よかった~!(雑誌の写真から想像した通り、実物も)やっぱり素敵ですね~」と感激するわたしに、その店員さんはさらっと「このブランドは最近デザイナーが代わって、特に『白』が良いんですよ」なんて、素晴らしく粋なコメント(多数のブランドを取り扱う大きなセレクトショップなのに、細かな知識に私見を織り交ぜる高等技術)で胸キュンさせてくださり、いたく感心しながら気持ちよく即決。

そんなわけで「店頭に出してなかった商品(しかも結構いいお値段)が一瞬で売れる」ちょっとしたミラクルを、店員さんに驚き喜んでもらえました。

欲しかった靴を見事ゲットできてうれしかったし、笑顔獲得ポイント、高かったです。

そして最近わたしは、これらの経験を活かし、とある、苦手だった場所を克服しました。

どうにも苦手で、これまで行けなかった場所。それは、百貨店の、美容部員さんがいらっしゃる化粧品フロアです。

何が苦手だったんでしょう。

隙の無いメイクをした美人に取り囲まれる緊張感。わたしのセルフメイクがイケてないと思われてないか?という恐怖。いちどカウンターに座ったら、何か買わずには帰れないのでは?というプレッシャー・・・。

女性の中には、わたしと同じように「化粧品フロアは、美容部員さんたちと目が合わないよう、俯いて足早に通り過ぎることしかできない(できなかった)」ことに共感していただける方もいらっしゃるかもしれません。

男性に、このビビり感覚を伝えるにはどう例えたらよいのでしょうか。ホストクラブへ行ってイケメンホストに囲まれながら「どうやったらそんなに格好良くなってモテられるんですかね?化粧品、何をどう使ったらいいんですか?」と訊くようなイメージでしょうか。

(男性は女性よりずっと繊細で誇り高い生き物だから、置き換えること自体に無理があったかもしれません。)

ともかく、わたしが「メイクをプロからちゃんと学んでみたいのに化粧品フロアが怖くて尻込みしている」ことを会社で打ち明けたところ、年下のスタッフたちが明るく助言してくれました。

広報の牛田さんは「わたし、学生時代からよく行ってましたよ~。暇そうにしている美容部員さんが仕事を楽しむための、相手をしてあげると思ったらいいですよ。行ったら喜ばれますよ」

なんと。

美容部員さんを「暇から救う」なんて発想は、無かった!

編集の落合さんも「別に何も買わなくても、美容部員さんにメイクしてもらうと、自分じゃないような新しい顔に出合えて楽しいですよ~」と言う。

そうなのか~。

それではここで、美容部員さん側の視点で考えてみましょう。

わたしが、コスメカウンターで店番をしているとする。暇は、いちばんつらい。どんな人であれ、ともかくお客さんが立ち寄ってくれるだけで、うれしい。商品を見てくれるだけで、うれしい。興味をもって質問でもしてくれようなら、なおうれしい。メイク体験してくれたら、すごくうれしい。それで、もしも買ってもらえたら、最高にうれしい。でも何も買わなくてもいいから、また来てくれたらうれしい。

なあ~んだ!そんなことか。逆の立場で想像したら、ようやく、よくわかりました。わたしが勇気を出して行きさえすれば、美容部員さんは、喜んでくれるんだ。

そういや、だいたい美容部員さんたちだって、みんなわたしと同じようにそれぞれの田舎から東京へ出てきて、精一杯気張って働きながら、初対面の仕事相手に緊張しながら、それでもそこで頑張っているんだ。みんなお互いさまで、一緒なんだ。やっと気づいた。ビビっててどうする。

自分を奮い立たせ、一切の引け目や恐れを無くし、「美容部員さんを暇から救う、喜ばれる客になろう」という発想に切り替えたら、「それなら行ける。きっとできる。サロンで五十嵐さんに遊んでもらってる、いつものアレだ」と、すっかり楽しく前向きになれました。

メイクに詳しくない初心者として、素直に「教えてください!」という姿勢で訪問しよう。積極的に質問しよう。教えてもらったら「なるほど~!」「すご~い!」など、しっかりリアクションを取り、言葉なり笑顔なりお買い物なりで、心から敬意と感謝を伝えよう。

そんなイメージトレーニングをしてから、いざ、GINZA SIX の化粧品フロアへ。(初めてにしていきなり日本最高峰のステージへ駆け上がってしまう自分のチャレンジ精神・・・)

休みの平日、午前中に様子を伺ったら、狙い通りでした。

(よっしゃチャンス!ちょうどお客さんが居なくて、美容部員さんたち、思いっきり暇そうにしてる~♪ これより、わたくしが、その暇から救いますよ。)

憧れのコスメブランドのカウンターへ。ドキドキ、すすすと歩み寄り、美容部員さんの目を見て

「このファンデーションがすごく良さそうで、気になって来たんですけど、色の選びかたや使いかた、ほかの商品との違いなど、いろいろ教えていただけませんか?」

(言えた~!やった~!)

そうしたら、美容部員さんとは、かくもおそるべし。わたしの顔をぱっと見たひと目で肌質を見抜いた上で、商品を推すのではなく、わたし自身が「どんな質感の仕上がりを目指したいのか」聞いてくださり、「でしたら、気になられている商品よりもこちらの商品の方がきっと合ってますよ」と別の比較検討候補もお薦めしてくださり、でも最終的な選択はわたしに委ねるという、素晴らしくスマートで過不足ない接客をしていただけ。「プロフェッショナルや~」と、すっかりメロメロになりました。あ~、行ってよかった。感動した。

(暇そうなときに、また来ます。)と、心に誓い。

常に、喜ばれる客を目指そう。もう、行きたくても入れない店など無い。勇気りんりん。

新しい髪型、メイク、服や靴やバッグと共に、春へ向かう心うきうき。です。

 

www.claskashop.com

「アップデートする暮らし」第13回:金継ぎにチャレンジ

晦日になると「ああ~、今年はこれまでの人生で最高の1年だったなぁ。また自分史上最高記録を更新したなぁ」とたっぷり悦に入るのを、毎年飽きもせず繰り返している。

そして年が明けると「いかん、このままじゃダメだ!新しいチャレンジをしよう」と焦って急に張り切るのを、毎年懲りもせず繰り返している。

今年もどうぞよろしくお願いします。

今年最初の新しいチャレンジ。それは「金継ぎ」です。

f:id:claskaonlineshop:20190114143115j:plain

アップデートする暮らし「第6回:バアさんになっても食べ続けたい朝ご飯を考える」に登場していた、愛用のご飯茶碗。gallery yamahon で購入した、古谷宣幸さんの粉引飯碗です。

心底気に入って毎日使っていたのですがある朝、洗っているときに手が滑ってシンクへ落とし、ごつ、と割ってしまいました。息を呑む惨事。

ところが泣く泣く破片を拾い上げてよく見れば、幸い、粉々にはならず、3つのパーツにパカッときれいに割れています。

f:id:claskaonlineshop:20190114143155j:plain

パズルのごとく、ぴったり元通りに組み合わせることができる形。

f:id:claskaonlineshop:20190114143221j:plain

・・・ん?これは、まさかの、ひょっとして、なんと、めちゃくちゃ、「金継ぎ」に向いている割れ方なのでは!?

(*「金継ぎ」とは: 割れや欠け、ヒビなどの陶磁器の破損部分を漆によって接着し、金などの金属粉で装飾して仕上げる修復技法。――Wikipediaより引用)

実は何年も前から金継ぎの美に惹かれて興味を持ち、いつかやってみたいと思いながら、まったく手を付けられずにいたのです。それがここにきて突如、

「今まさに絶好の、金継ぎチャンス到来ー!むしろ、割れてラッキーかも~♪」

割れた哀しみから瞬時に立ち直るどころか割ったことを反省しないどころかすっかり喜び勇んで、金継ぎの世界の扉を叩くことにしたのでした。ワクワク。

調べてみれば現代には、初心者向けの金継ぎキットなんて素敵な物が売られているのですね。ネットで注文、即到着。便利で有り難い世の中です。

f:id:claskaonlineshop:20190114143609j:plain

ふむふむ。早速やってみましょう。

f:id:claskaonlineshop:20190114143622j:plain

「初心者向け」と謳われていたキットとはいえ、合成樹脂の新うるしではなく天然漆とご飯を練って作る糊を使うし、本格的です。

f:id:claskaonlineshop:20190114143644j:plain

貼り合わせてから乾燥させるのに、冬場ならじっくり丸3日間は必要。さらに室温と湿度の高さが重要とのことで、紙袋に入れお風呂場の壁に吊るしてみたり。湿度が高いほど乾く(硬化する)という、漆の不思議な性質を初めて知りました。

f:id:claskaonlineshop:20190117151054j:plain

乾燥したら、継ぎ目に漆を塗り、はみ出してしまった部分を拭い、いよいよ上から純金泥を蒔き、乾かしながら押さえて。ついに完成です。小心ゆえ純金泥少なめで地味だし、不器用ゆえ多少ガタガタな仕上がりになりましたが、ちゃんとくっついて、大興奮。

f:id:claskaonlineshop:20190117151127j:plain

金継ぎには、物を大切にする日本伝統の精神性と技術を学ぶことができる、という真面目な意義も感じますが。そんなことより。

ただもう単純に、金継ぎのおかげで生まれ直した物が、以前より一層格好よく感じられて、ますます愛しくて、あ~めちゃくちゃにうれしい!ものだったんですね。

そうして偶然であり必然であるところの割れ目の線の完璧さに見入っていると、人工物の中に神様が現れたような、敬虔な気持ちにもなります。

金継ぎをプロに依頼できるお店もあるのですが、自分の手をかけ日数をかけて取り組んだからこその、深い感動がありました。

f:id:claskaonlineshop:20190117151351j:plain

しかし、金継ぎができるようになったからといって、大事な器たち、なるべく割らないに越したことはありません。得意になるべからず。平穏無事がいちばん。ともかくこの飯碗が復活してくれたおかげで、わたしは今日も元気だご飯が美味い。大満足です。

身近で金継ぎにご興味のある方、キットをお貸しできますよ~。

f:id:claskaonlineshop:20190114143702j:plain

ところで。12月中旬に思いつきで買った花がもう丸1ヶ月間、不思議と枯れない。毎日「今日もきれいだね~」と褒め励ましながら見ていたら、頑張って応えようとしてくれているようです。

さあ、また別の勉強やチャレンジを楽しもう。今年もこれまでの人生で最高の1年になる予感。

 

www.claskashop.com

 

「アップデートする暮らし」第12回:綾野剛掃除法

※注意※ 綾野剛さんご本人とは一切関係のない内容です。

f:id:claskaonlineshop:20181024153112j:plain

CLASKA のオフィスでランチどきに、

「わたしは最近、新しい掃除法を発明しました。それは『綾野剛掃除法』です。」

と発表したところ、スタッフが「その話、次回のブログに書いてくださいよ~」と笑いながら言ってくれたので、恥を忍んで公にします。

綾野剛掃除法」。―― それはすなわち、ズバリ、「綾野剛さんがこれから家に遊びに来る」という“設定”で掃除に励むと飛躍的に家がきれいになる、という画期的メソッドです。

(・・・やっぱり恥ずかしい、けど続けます。)

綾野剛さんである理由はもちろん、わたしが好きなだけですので、「〇〇掃除法」の“〇〇”部分には、皆さん各自でお好きな方を当てはめてみてください。

憧れ、ときめき、緊張する、日常生活ではまず交わることのない相手を思い浮かべます。高橋一生さんでも、新垣結衣さんでもいいでしょう。

その方が、これから家に来ちゃいます。さあ大変。掃除だ。掃除しましょう。

すると、掃除に向き合う集中力が、目指すきれいさのレベルが、仕上がりの精度が。格段に、飛躍的に上がります。上がるどころじゃないです。(ちょっと言葉は荒いですが)ぶち上がります。

いえ、普段から毎朝必ず掃除機をかけ、プラスアルファで気づいた所もちょこまか掃除しているんです。特に汚れているつもりはありませんでした。対家族や友人なら、ぜんぜん問題ないレベル。

ところが綾野剛さん(以下、剛くん)が来ると設定した途端、ドキッ!・・・見慣れた家の中の景色が、ガラッと変わりました。突然、急に、「えっ、いつからここにあった!?」という細かな汚れや埃がやたらと、はっきり目に付きだしたのです。

なんてこった。全然ダメだ。全部きれいにしないと、剛くんをお迎えできぬ。髪の毛1本でも落ちてたら、許さぬ。年末の大掃除でやればいいやと思っていた窓のサッシの隙間も、放っておけぬ。家の端から端まで、血眼でせっせ、せっせと拭きまくります。気づいたら、洗面台の排水口の、蓋の裏側とかも磨いてました。いや~、きれいになった。

この掃除法において非常に、いや唯一と言っていい大事なポイントは、「ていうか実際、来ないし、意味ないし」なんて途中で冷めてはならない、ということです。それは、映画やドラマで描かれる愛や夢を「いや、こんなこと現実には絶対起きないし」と断じてしまうのと同様、身も蓋もなく、寂しいことであります。

せっかくですから掃除中は、剛くんとわたしが偶然出逢うことになったきっかけから、家に遊びに来たいと言い出されるまでの経緯を細かく具体化し、設定自体を骨太に強化する方向で頭を働かせましょう。脳も喜びます。その際、ストーリーをはじまりから創作するのではなく、すでに起こったエピソードを振り返るように遡って思考するとリアリティが増し、効果的です。

「オイその気色悪い妄想、現実には絶対来ないのわかってて、虚しくないのか?」と疑問を持たれる方も多いことでしょう。ごもっともです。しかし現実に来るのか来ないのかはこの際もはや、まったく問題ではありません。「キャーこれから来ちゃう、やばい、どうしよう」という未然の、かりそめのときめきと焦りと緊張のピークを面白がって遊ぶこと、夢中で掃除を楽しむことの方が、本意なのです。

何より最終的に、家がめちゃくちゃきれいになるから自分自身がめちゃくちゃ気持ち良くてうれしくて暮らしがときめくという、リアルな成果が出ます。剛くんには、(来ないけど)感謝しかありません。

――そんな、人に話すのは恥ずかしいけど、楽しいから、だまされたと思って試してみていただけたらうれしい「綾野剛掃除法」。

オンラインショップチームの清水さんに「清水さんは星野源さんが好きだから『星野源掃除法』ね。星野源さんが家に来ちゃうんだよ、どうする~!?」と言ったら「ぐ。それは・・・、やばいですね。掃除します!」と小さくこぶしを握り締めていた、数日後に「速水さん、例の掃除法、やってみましたよ。・・・はかどりました(照)」と報告をくれました。「でしょ、でしょ~?」(なんて素直で可愛いやっちゃ。)

・・・と我らがニャハニャハ話していたところ、隣で聞いていた広報の牛田さんは冷静です。「それ、1回だけならまだしも、2回目以降、モチベーション続きます?」と、なかなか鋭い所を突いてきました。

確かに1回目は、イベント的なテンションとドラマティックなパッションで大掃除を一気にやり遂げたといった感じでした。検討した結果、今後は「剛くん、いつでも遊びに来てね」と言えるクオリティのきれいさを日常的にキープすることを目指し、よりハイレベルな掃除を習慣化してゆく方針としました。あとは出逢うだけです。

 

www.claskashop.com

「アップデートする暮らし」第11回:コートの新調

f:id:claskaonlineshop:20181001103317j:plain

冬用のコートを新調しました。17年ぶりに・・・。

(左奥が旧、右手前が新)

大学を卒業したとき「いつかこんなコートが似合う大人の女性になりたい」と志し、デザイン面でもお値段面でも思いっきり背伸びして買った濃紺のロングコート。

それを、気づいたら17年間(!)、着続けていたのです。

途中、他のコートに浮気して、このコートを着なかった冬もあったと記憶しています。でもまた戻って。

他のコートは飽きて処分したり売ったりしてしまったのですが、このコートだけはなぜか一向に飽きず。結局、冬用のコートはこのただ1着だけ。手元に残りました。

確か2~3年前にも、若い人から「そのコート、形きれいですね」と言ってもらえたことが。「デザイン的に古い感じはしてないんだな」と、嬉しかったりしたものです。

しかし昨年になっていよいよ一気に、物理的な劣化の波がやってきました。裏地やポケット内の化学繊維の部分が、ビリビリに裂けボロボロと崩壊し始めたのです。

「ひええ、これが化学繊維の死に際か〜」と恐れおののきつつ、お直し屋さんに駆け込みました。表地は平気ということで、裏地だけぜんぶきれいに張り替えていただいたところ、まさかの新品同様に。不死鳥のごとき復活を遂げたのでした。よし、まだまだ着られる。

ということで18年目の今年も「コートを探す/買う」必要はゼロ。

それが思いがけず、まったく予定外に、新しいコートを買うこととなったのです。"Dessin de Mode" の、黒いコクーンシルエットのコートを。

"Dessin de Mode" は、2016年に立ち上げられたばかりの、日本のファッションブランドです。そんな最新のブランドをなぜ知り得たかというのも、CLASKA のスタジオを使って今年の2月に2018AW展示会を(その後7月にも2019SS展示会を)開催してくださった、有難いご縁から。

とはいえここで言う「展示会」とは、セレクトショップのバイヤーさんなどの取引先を招待してコレクションのお披露目と商談を行う機会であって、一般には公開されていません。

本来であればわたしたち CLASKA スタッフであっても立ち入れる場ではないのですが。会場を担当した営業の大槻さんがオフィスで「Dessin de Mode、ヤバい。格好いい。皆にも見て欲しい。絶対好きだと思う」と騒ぐのです。大槻さんといえば相当な服バカ・・・じゃなくて、ファッションアディクトでお洒落さん。彼がそこまで言うんだったら、そりゃ気になってしょうがないし見たいに決まっています。

皆で懇願したところ、先方様のご厚意により、特別に見せていただけることに。やった〜!と喜び勇んで会場へ一歩足を踏み入れた途端、ずらりと並んだ服が放つ輝きに目を見張りました。

シンプルでベーシックなアイテムの中にも、品の良いモード感と甘くないエレガンスが光っています。デザイナーさんは元々、パリ発の某ビッグメゾン(憧れの有名ブランド)にいらっしゃった方なのだそう。宮内庁に納められている生地を使うなど、日本の良質な素材と高い縫製技術への誇りとこだわりも伺い知り、納得です。スタートしたばかりのブランドのフレッシュさとは良い意味で裏腹な、格調高さと信頼が感じられる服だと思いました。

どれもこれも着てみたい。いろいろと試着させていただく中、わたしの歴史が変わる瞬間は、唐突にやってきたのでした。

「(これまで17年間着てきたコートよりも)今年からは断然これを着たい!このコートが似合う人になるんだ!」

という意志とワクワクがドンと湧く一品に出合ってしまったのです。鏡の前で回ってみては、止まってみては、ポケットに手を入れてみては、ため息が出るほどときめきます。ああなんて素敵なんでしょう。こうなったらもうどうしようもありません。参りました降参です。そもそもコートというアイテム自体を必要としていなかったのに、即決。自分でもちょっと驚きました。

そうして今年2月にオーダーさせていただいたコートが先日ついに出来上がり、届いたのです。

半年以上まだかまだかと待ち焦がれるうちにイメージが高まりすぎたかと思いきや、展示会で拝見したときの感激そのまま。あらためて感動。とっても気に入りました。まだ秋になったばかりなのに、早く寒くならないかしらと楽しみにしています。新しいコートと、新しい冬。

実はかねがね、実家の母親から「あなたは家具だアートだと家の中の物には思いっきりお金をかけてる様子だけど、そんなことよりきれいな服やバッグや靴を買ってもっとお洒落しなさい!女の子なんだから!」なんて、いい歳をして口酸っぱく言われ(心配され)続けてきました。今回は「お母さん、コート買ったよ~!」という、主に故郷へ向けたアップデート報告です・・・。

コートの新調を契機に、また先代のコートに対してあらたまる感謝とリスペクトもあって(まだしつこく着ると思いますが)、最近は「次の10年20年」使うことを大いなる目標とした買い物に取り組んでいます。服に、靴に、アクセサリー。10年20年後、どんな物が似合う自分になりたいか。50歳60歳になった自分の装いに採用される物を、今選べるかどうか。自分のことなのに、難しくて楽しいです。

 

www.claskashop.com

「アップデートする暮らし」第10回:道を聞かれる人になる

f:id:claskaonlineshop:20180830185935j:plain

ラジオDJ・ナレーター 秀島史香さんの著書『いい空気を一瞬でつくる 誰とでも会話がはずむ42の法則』を読んでいたら、<第1章「話すとなぜか気持ちいい」人たちが心がけていること>の締めに、

10 道を聞かれる人になる

私にはひとつ、人生のテーマがあります。
それは、「人に道を聞かれやすい人になること」。

から始まる節があり、「こっ、これは・・・・・・、ものすごい表現だ!!」と、雷に打たれたような衝撃を受けました。

「こんな人になりたい」と憧れ思い描く人物像として、「道を聞かれやすい人」なんて、聞いたことがありません。しかも、「道を聞かれたら親切に応えられる人」ではないのです。それより手前の段階の、「道を聞かれやすい人」。それっていったいどういうことなんだろう?・・・と読み進めていったら、とっても深くて、心温まるお教えが書かれていたのでした。

詳しくは、本書を読んでいただくとして。

「道を聞かれやすい人」って、どんな人。

聞かれる側より、聞くほうの立場で想像してみると、わかりやすいかも知れません。もしも、自分が知らない土地で道に迷い、知らない誰かに尋ねるとしたら。どんな人に声をかけるでしょう?

怖くなさそう。急いでなさそう。イライラしてなさそう。・・・。

周りにいる人たちをぱっと見渡し、あらゆる印象を瞬時に、総合的に(かつ勝手に)判断し、大丈夫そうな人に、声をかけることと思います。

そのときに、選ぶ人物像。

要するに「初対面でも話しやすくて、心に余裕のある、にこやかで感じのよい人」という、抽象的かつ複雑で難しい、総合的な印象に関するテーマを、秀島さんはズバリ「道を聞かれる人」というひと言に集約し、象徴されていたのです。

なんてわかりやすい上に、粋な示唆なのでしょう。たくさんの初対面のゲストやスタッフの方々と楽しい番組を作ったり、大物アーティストや大御所芸人さんたちへのインタビューを弾ませてきた秀島さんならでは。秀島さんの「喩える力」への憧憬もあまって、身悶えます。「道を聞かれる人になる」―― 言葉のお守りのような気持ちでスマホのメモに書き留め、保存したのでした。

そうしてまた日々を過ごし始めると、そういえば1人で道を歩いているときに自分は人からどう見えているのか、ろくに意識していなかったことに気づきだしました。地面を見がちだし、真顔だと口角が下がり気味で怖い顔になっていたかも。なるべく前を向いて、口角をうっすら上げてみるか。せかせかせず、ゆったり歩いてみるか。

そんなある日の朝、自宅から CLASKA まで徒歩で出勤する途中で、おばあさんから「ちょっとお尋ねしますが・・・」と話しかけられたのです。

(おおっ、道、聞かれる気配?)

「目黒区の〇〇センターまで行きたいんですが・・・」

(やったー!聞かれたー!)

「それならちょうど今向かっている会社のすぐ近くなので、一緒に行きましょう」

無事、お連れできました。うれしい~。朝からなんだかホカホカとした気持ちで過ごした、その日の夜。会社帰りになんと、また別のおばあさんから「ちょっとお尋ねしますが・・・」と話しかけられたものだからびっくりです。同じ日に、行きと帰りで2回も道を聞かれることって、あります!?

「〇〇駅まで行きたいんですが・・・」

「それならちょうど今向かっている家のすぐ近くなので、一緒に行きましょう」

(・・・って、えー!?)

またも、まさかの「ちょうど今そっちに行くところ」でした。両方とも、道順が少々複雑でお教えするのが難しかったこともあって、一緒に行っちゃった方が早いし安心確実だしでラッキー。よかったものの。神様からドッキリのモニタリングをされているような、不思議な気持ちで家路についたのでした。

道を聞かれること自体は、以前までにも、たまにありました。けれど、知らない人に声を掛けられてビクッと構えてしまったり、オドオドしてしまっていたのが正直なところでした。それが秀島さんの本を読んで以来、「“道を聞きたい人”に、当選ありがとうございまーす!」という喜びに変わったのが、今回のうれしいアップデート。道の答え方も、前より堂々とできるようになりました。

それはそうと。また別の日に、ちょっと驚いたことがあったのでした。公園でジョギングしていたら、おばあさんから呼び止められ、公園内の施設への道を聞かれたのです。その場でオイッチニ、オイッチニ、と足踏みを続けながら「それなら次の角を右ですよ~」とお答えできたものの。

なんでまた、走っている最中に。周りにいっぱい、歩いている人がいる中で。いやまあ確かに・・・、わたしは走るのが遅いです。走り始めから「24時間テレビのマラソンランナーの、最後のほう」みたいな走り方です。ただ、速度自体は徒歩に限りなく近くとも、自分としては走っているように見えているイメージだったので、ちょっとだけ凹みました。走るのが遅くて道を聞かれてしまったのは初体験でした。走るの、好きなんだけどなあ。頭の中で「負けないで」と「サライ」を歌い、自分を励ましながら続きを走りました。

 

www.claskashop.com

「アップデートする暮らし」第9回:海水浴の上達

f:id:claskaonlineshop:20180818124806j:plain

海が好きです。この夏は、海水浴の上達に取り組みました。泳ぎの上達ではありません。海水浴の、楽しみ方の上達です。

なぜなら去年、海水浴で大失敗。今年はそのリベンジに燃えていたのです。

海水浴に「失敗」も「成功」もないだろうとお思いの方。わたしも「失敗って、あるんだな」とショックでした。

忘れられません。

ちょうど1年前の8月半ば。それはそれは楽しみな夏休み。とにかくきれいな海でのんびり泳ぎたい。ワクワクと、旅の計画を練りました。

行きたい海水浴場を前々からネットで探し、海の近くの宿も予約し、いざ出発当日の朝、家からワンピースの下に水着を着ていく張り切りっぷりで電車に飛び乗り、千葉の先の方へ。

そこにはずっと憧れ夢見てきた、抜けるような青空、眩しく照りつける太陽、サラサラの白い砂浜、どこまでも透き通りキラキラと輝く穏やかな海・・・・・・は一切無く、どんよりと低く垂れこめた灰色の雲、ぐずぐずに湿った茶色の砂浜、波風荒く濁った海が広がっていたのでした。

なんということでしょう。

確かに天気予報で、前日まで雨だったことも、当日は曇りであることも、情報としては分かっていたはずながら。頭の中のイメージは完全に、ネットで見ていた写真通りの「青い空・青い海」で、楽しみで、いっぱいでした。悪天候の場合もあるという、当たり前の、目の前の現実を、すんなりとは受け入れられません。自宅からかれこれ4時間近くかかってようやく辿り着いた、泥の波打ち際に立ちすくみます。

でも・・・、せっかく来たし・・・、いちおう・・・、入っておくか・・・。まばらではありますが、泳いでいる人も、いないわけではありません。

泳ぐとなったら心配なのは貴重品。とはいえ「いちおう入っておく」程度の少しのあいだ荷物を海の家に預けるのも面倒なので、ビニール袋に財布やスマホ・家の鍵などの貴重品を入れて砂浜に埋め、その上にバッグを置きました。これなら万が一バッグを盗られたところで大したものは入っていないので安心です。

そうしてワンピースを脱ぎ水着になったものの。水面にちゃぷっと足先をつけたら「冷たっ!」、おそるおそる進んで肩まで浸かれば「さむっ!」、高い波にザッパーンと張り倒され砂浜に打ち上げられたものだから「ぎゃん!」、泥水がゴボッと口に入り「からっ!」となった、一連の30秒ほどで「やめだやめだー!」とプンスカ上陸したのでした。

「苦汁をなめる」とはまさにこのこと、と開眼するほど苦い潮をなめました。

わたしはいったい何をしに来たんだろう。落ち込みます。がっくりうなだれ、仕方なくコインシャワーを浴び、のそのそ着替え、途方に暮れそうになったところで、いやいやドンマイ。海水浴の後、宿へチェックインするまでの間にと、別のお楽しみも用意していたのです。鴨川シ―ワールド。海水浴場と水族館が徒歩圏内にあるという点こそ、この地を選んだ決め手なのでした。

海水浴1本勝負ではなく、水族館とのコースを組んでおいてほんとうによかった。我ながらナイス。予定より早い時間だけれど、とっとと鴨川シ―ワールドへ向かおう。気を取り直して、水族館の方をたっぷり楽しもう。そうとなったら足取りも軽やかに。ずんずん歩いてゆきます。

しばらく経って、はっと息が止まりました。

貴重品ぜんぶ、砂浜に埋めて隠した。埋めたけど、掘り出してない。埋めた場所の目印として上に置いてたバッグ、いま持ってる。埋めた場所、もうわからない。

・・・・・・って嘘、バカ!?

慌てて来た道を引き返します。

わたしのバカ、バカーッ!!

砂浜を、こけつまろびつ、走って、走って。泣きそうです。

周りの風景や物との位置関係はどうだったろう・・・。おぼろげな記憶を辿り、おおよその場所に見当をつけたものの、埋めた跡がきれいで見分けがつきません。自分の妙な几帳面さがとんでもなく恨めしい。四つん這いになり、そこらじゅうを手当たり次第に掻きまくります。

ここ掘れワンワン、ワンワン、ウワーァァン・・・・・・(涙)

そうしてようやく掘り当てることができた暁には、安堵よりも情けなさと徒労感でトホホ・・・でしたとさ。

いやあ、失敗失敗。すでに海水浴シーズンも終わり頃、その夏たった1回きり出かけた海でのことでした。わたしは翌年のリベンジを強く胸に誓い、肝に銘じたのです。

【失敗した海水浴からの教訓】

1. 前もって計画しない。当日の天気で決行を判断する。
2. 泊りがけの予約はしない。日帰りで行ける近場を選ぶ。
3. 海の家の利用をケチらない。荷物は預け、安心して遊ぶ。

この3箇条を守り、今年は海水浴に成功しようではありませんか。

晴れた休日の朝。いざ、森戸海岸(神奈川・葉山)へ。念願の、青い海を目の前に、心が震えます。

沖に向かってスーイスイ。仰向けになってプーカプカ。ああ、なんて気持ちがいいんでしょう。夢中で繰り返します。去年のぶんも思う存分、好きなだけ、気が済むまで、飽きるまで、疲れ果てるまで、お腹がペコペコになるまで、いくらでも泳いで、浮かんでいよう。

しかしどれだけ泳いでも飽きないし、泳ぐ以上に浮かんで休憩しているからか、疲れる気配がないもんだなぁと見上げれば、お天道様がてっぺんに昇っていました。朝10時頃からだから、よくまあ2時間も海面を漂っていたものです。十分。満足。

お昼ご飯にしましょう。海の家で荷物を受け取り、シャワーを浴びて着替え、海を見晴らせる木陰のベンチに陣取ります。

持参した保冷バッグからおもむろに取り出すは生ハムとブリーチーズ。家で炙ってきたバゲットに挟み、白トリュフオイルをたらり。水筒には冷えた赤ワインを詰めてきました。サンドイッチはぐはぐ、赤ワインくぴくぴ。最高です。暑さで生ハムの脂とチーズがとろりと柔らかく溶け出してくるのもまたよし。

去年のリベンジ、海水浴の上達、大成功~。インスタグラムをやっていないのにインスタ映えっぽい調子に乗った写真も撮ったし、ご機嫌で家路についたのでした。

さて。お盆を過ぎ、秋の気配が感じられるようになりました。今年はこんな風にして2回行った海水浴。来年は何回行けるだろう。どこでどんな風に楽しもう。早くも次の夏と海が恋しくなっています。

f:id:claskaonlineshop:20180818124824j:plain

 

www.claskashop.com

「アップデートする暮らし」第8回:ボーナス全部でアートを買う

f:id:claskaonlineshop:20180705160934j:plain

わたしは今、興奮しています。生まれて初めて、アート作品を買いました。ボーナス全部をつぎ込んで、2作品。

決して周りからそそのかされ男気を試されたのでも、何かの勝負に負けた罰ゲームでもありません。自ら、すすんで買いました。なぜなら・・・・・・、最近、ふと思ったのです。

生活をするのに必要な物なら、あるっちゃある。むしろこれまでさんざん買ってきました。ちょっとやそっとじゃ、もう欲しくない。大人になりました。だから

この先何のために生きて働いてお金を使いたいか考えたら、「美と芸術に触れ、心を震わせるためしかないじゃないか!」と

奮い立った、思い切った、買ったった。このドキドキとときめきったら、なんたることでしょう。

2作品のうちのひとつは、小村雪岱の「青柳」。

出合いのきっかけは、CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター 大熊さんによる、雑誌『Discover Japan』での連載記事でした。ご自身が小村雪岱の大ファンだと触れられていたのです。

「なぬ、小村雪岱、とは!?」と寝耳に水の無知を恥じ、慌ててコソコソGoogle画像検索するわたし。表示された日本画の数々に、目を見張りました。これほどまでに自分好みな作風の画家が存在していたなんて。なのにこれまで全く知らなかっただなんて。驚嘆と痛恨と焦燥に駆り立てられ即、作品集を買い求めたのでした。

f:id:claskaonlineshop:20180705160945j:plain

届いた作品集に、夢中です。本棚へ仕舞う暇も惜しんでダイニングテーブルに平置きしたまま、ふとした時、いつでも手に取れるようにしました。(そのせいでうっかり、すっかり表紙が日に焼けてしまいましたが。)

どこからめくり、なんど眺めても、はっとするほど美しい。中でもいちばん、吸い込まれるように見入ってしまったのがこの「青柳」でした。

f:id:claskaonlineshop:20180705160953j:plain

好きすぎてそのうち、印刷では物足りなくなりました。実際の色彩や質感はいかほどのものなのか、なんとしてでもこの目で見てみたい。焦がれ猛る心、血走る眼で捜しまくった末、約80年前の複製版画(ED300のうちの1点)と巡り合い、入手する幸運に恵まれたのです。

f:id:claskaonlineshop:20180705161000j:plain

この画のどこが素晴らしくどのように好きか挙げようとすればキリがなく、挙げたところで無粋かと途方に暮れる、結果、沈黙するよりほかありません。ただただ、この風景のように静かな心持ちで暮らしていけたらなぁと、眺めるごとにしみじみ感じ入っています。

もうひとつは、先日まで CLASKA Gallery & Shop "DO" 本店で開催していたフィリップ・ワイズベッカーさんの作品展「PHILIPPE WEISBECKER WORKS IN PROGRESS」から。"KAKEMONO" というシリーズの作品です。

f:id:claskaonlineshop:20180705161009j:plain

ワイズベッカーさんが蚤の市で見つけた中国の古い掛け物から着想を得て、地の紙や軸からすべて手作りされました。身近な日用品を描いた画の妙はもちろんのこと、全体がオブジェとしてめちゃくちゃ格好いい。磁石や瓶など、10種類ほどあった中からわたしが選んだモチーフは "DUST PAN"(チリトリ)です。

禅寺のお坊さんが、庭を掃き、床を磨くことを何より大事な修行とされているように、わたしも日々ますます掃除に精進し、住まいと心の塵を取り払いたい。美しい暮らしの真理と悟りを目指す求道者として、ご本尊にチリトリを祀ろうというわけでございます。

f:id:claskaonlineshop:20180705161017j:plain

一方で、見方を変えて、チリトリの持ち手部分を人の頭としてみましょう。着物を着た人が、座っているようではありませんか?

日本の古い掛け軸によくある烏帽子姿の貴族の肖像を思いっ切り単純化したキャラクターのようにも見えてきて、なんだか微笑ましい。「菅原道真公です」と言われれば「なるほど」と頷きありがたがってしまいそうな、ほんのり雅な面白味があります。

日本人にとって古来より馴染み深い「掛け軸」の感覚からすると、あり得ない「チリトリ」なんて題の現代アート最新作。フランス人であるワイズベッカーさんのセンスによって国籍も時代も超越してしまった結果、はなから古物のように澄まして存在しているのも痛快です。100年後の未来の人たちに見せたら「なんだこれは」と驚くに違いないとニヤニヤしていますが、果たしてその頃、世界からチリトリは無くならず残っているのでしょうか・・・。

さて、冒頭で正直「生まれて初めて」アート作品を買ったと申しました。

実は・・・、これまでの人生、アートを美術館などで鑑賞することは好きでも、作品そのものを買って所有するなんて、よもや「わたしなんぞが」という、分不相応と現実味の無さを感じながら生きてきてしまったのです。服や物とはちょっと違って、畏れ多いと言いますか。それでいてここにきて、今回の2作品。生まれて初めてでいきなり生意気ながら、これまでの人生でいちばん大きな買い物となりました。

自慢するつもりは、ありません。自信、というほど大それたものでもありません。腹を括って清水の舞台から飛び降り、アホほど身銭を切った痛みと引き換えに、「わたしなんぞが」の「なんぞ」と決別できたことこそが、情けなくも感涙のアップデートとなったのです。誰にも、わたしにも、アートを愛好する権利があるんだ。そう気づいて一歩踏み出す勇気を持てたことが、うれしいのです。

にしても、「『アートのある暮らし』って、いいよね」なんてほぼ当たり前レベルの概念くらいは持ち合わせているつもりでしたが、“つもり”なだけで、ショックなことに、お恥ずかしながら、今日の今日までなーんもわかっていなかったんだと知るに至りました。アートを鑑賞することと、アートと暮らすことが、こんなにも違うなんて。美術館やギャラリーで拝見し「いい作品だったな〜」「ときどき思い出そう」くらいで関係が済むのではなく、買ってしまってから始まるリアルな付き合いと生活。もちろん惚れ込んだ作品ですから、家で目にするたび幸せ。とはいえ、これから先の日々の中で、これらの作品からどれだけ新たな魅力を発見できるか。自分はどこまでその美の境地に近づけるのか。自分がどんなに変化しても、好きでい続けられるのか。あるいは風景や空気のごとく、無意識に馴染みゆくのか。観察し学び続ける覚悟と経験を買ったような気もしています。

あ、チリトリ様に見守られているおかげで、掃除の精度はちょっと、上がったように思いますよ。笑

いや~しかし「ボーナス全部をつぎ込んで」と言いながら実はボーナス全部でも足りなくて、それ以上だったのでした。あいたたた。よっしゃー、働こう!